大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)55号 判決 1968年6月24日

原告 平林真一

被告 西宮税務署長

訴訟代理人 氏原瑞穂 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  先ず、原告は本件につき被告のなした証拠の収集活動は違法であるから被告の提出した書証は証拠としての適格を有しないと主張するので検討する。

<証拠省略>によると被告が本訴において提出している<証拠省略>は本訴が提起された後税務職員がクラブを訪れて手に入れたことが認められるけれども、訴訟の係属中被告行政庁においても必要なかぎり証拠を収集してこれを裁判所に提出することは訴訟法上当然認められるところであり、これをもつて原告の主張する如き法律原則にもとるものとはいえず、また被告において違法な方法で証拠を収集したと認め得る証拠はないから被告提出の書証は証拠とする適格を有しないとする原告の主張は理由がない。

二  請求原因第一項の事実は当事者間に争がない。

三  そこで被告のなした本件更正決定に原告の主張するような違法事由があるか否かについて判断する。

(一)  原告の昭和三四年分所得税の総所得金額について

原告は原告の右年分所得税の総所得金額が一、六七七、五六八円であると主張するのに対し、被告は二、九四九、三六五円であると主張するので検討する。

原告は昭和三四年分の所得税について被告に対して、別表一申告欄記載の金額により確定申告書を提出したところ、被告は同調査額欄記載の金額により更正決定をしたこと、原告の確定申告についての事業所得および一時所得の構成は別表二申告額欄記載のとおりであり、被告のなした事業所得の計算関係は同調査額欄記載のとおりであつて、右更正決定は原告が一時所得として申告したクラブから受領した収入を被告において事業所得として認定したことによるものであることは当事者間に争のないところである。したがつて、また、原告の右年分の所得のうち配当所得が六七六、四四四円であること、原告の右年分の配当所得を除く収入金額は五、四一八、四六六円でありそれに要した経費は三、一四五、五四五円(その明細は別表二調査額欄2ないし10記載のとおり)であること、そのうち四、四〇〇、九六四円は原告がクラブから受取つた収入であり、原告は右収入を得るために二、〇〇七、四〇六円(その明細は別表二申告額欄一時所得欄3、4、7、8記載のとおり)の経費を要したこと、原告の右年分の配当所得以外の収入五、四一八、四六六円のうち右四、四〇〇、九六四円を除く一、〇一七、五〇二円の収入は事業所得に属するものであり、原告はその収入を得るために一、一三八、一三九円(その明細は別表二申告額欄事業所得欄2ないし10記載のとおり)の経費を要したことも当事者間に争いがない。

そうすると原被告間の争点は原告がクラブから受領した収入が一時所得と事業所得のいずれに該当するかということに尽きることになる。よつてこの点について判断する、<証拠省略>および弁論の全趣旨によると次の事実が認められる。

クラブは神戸港開港以来の歴史を有する社団法人で、阪神間在住の諸外国人をもつて組織され、競技、体育の増進、内外人の社交を目的とするものであるところ、昭和二〇年六月五日の空襲によりクラブの建物施設等は殆んど全滅の打撃を受けた(以上の事実は当事者間に争いがない)。ところで戦後平和条約の成立に伴い連合国財産補償法が制定され、それによりクラブも日本政府から戦災による補償を受けられる可能性ができたので、昭和二七年中に原告と交りのあつたクラブの理事者は原告に右補償請求事務についての相談をし、その事務を委任した。当時クラブは財政的に困窮していたので原告との間において原告は着手金の支払を要しないこと、クラブは右補償請求事案が成功した場合には原告に対しその報酬としてクラブが日本政府から受領する金員の五パーセントを支払うこと、右補償請求に関連して支出した費用は補償金受取後クラブの負担として支払うこと、クラブは原告の利益を考慮して右事務の着手から終りまで右補償請求事務の委任を取消さないこと等を約し、原告は右補償請求事務の遂行にあたつた。その後昭和二八年九月原告はクラブに右報酬額をクラブが受領すべき金額の五パーセントから一〇パーセントに引上げるように要求し、クラブは原告の要求を入れてこれに同意した。また右クラブは昭和三〇年一月二〇日原告をクラブの名誉会員とした。ところで原告は右補償請求事務を遂行するため度々上京する等して奔走した結果昭和三二年四月日本政府から二四、六二二、六二八円の補償額を示されたが、クラブはこれを拒絶したため、右事案は「日本国との平和条約第一五条(a)に基いて生ずる紛争の解決に関する協定」に従い日英両国を当事国として国際財産委員会に付託された結果、日英両国政府間に昭和三四年七月頃協定が成立しその結果原告はクラブを代理して同年八月頃日本政府より三八、三〇九、六四一円を受領した。そして原告は右受領金額の中から一〇パーセントに当る三、八三〇、九六四円を報酬として、五七〇、〇〇〇円を旅費等として差引き、その残額三三、九〇八、六七七円をクラブの銀行預金口座に振込んだ。

そして他に右認定に反する証拠はない。

ところで右認定事実関係からみると原告がクラブから受領した金員四、四〇〇、九六四円は原告がクラブから右補償金請求事務の委任を受けた際およびその後改訂された報酬契約にもとづき、右委任事務の成功報酬および支出した費用の弁済として受領したものと解せられるので、右報酬部分は原告が右補償請求事務についてクラブのために提供した労務の対価として受領したものというべきである。

もつとも<証拠省略>によるとクラブは開戦当時その理事がドイツ人であり、しかもそのメンバー中に日本の国籍を有した混血人が相当あつたためクラブは敵性を欠くものとして戦時中敵産管理法の適用を受けることなく終戦時まで運営されていた関係上、連合国財産補償法により補償を受けるのに困難を伴うことが予想されたが、原告が従前からクラブの事件を名誉的に無対価で行つてきた関係から前記条件で右事案を引受けることになつたことが認められるが、そのような事実があるからといつて原告の労務の提供と右金員の受領の対価性を否定することはできない。また原告は、昭和三二年に右事案が「日本国との平和条約第一五条(a)に基いて生ずる紛争の解決に関する協定」にもとづき国際財産委員会に附託されたことにより原告が当然右事務の委任関係を離脱したと主張するが、事案が右委員会に附託された場合に原告は右協定によつて設置された委員会において原請求者の利害関係人として当事国の代表者となることはできない(「日本国との平和条約第一五条(a)に基いて生ずる紛争の解決に関する協定」によつて日本国とグレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国との間に設置される日本国連合王国財産委員会の手続規則第五条)というだけであつて、原請求者(右事案ではクラブ)とその代理人の代理関係を消滅させるものではなく(同規則第九条第二項第三号参照)現に前記認定のとおり原告はクラブが日本政府から前記補償金を受領するに至るまでクラブの代理人として委任された事務を行つていたのである。従つて右事案が国際財産委員会に付託されたことにより原告とクラブとの間の委任関係は解消されたのであるから原告の委任事務の処理と原告のクラブからの金員の受領とは対価関係が存在しないという原告の主張は理由がない。

そして連合国財産補償法による補償請求事務の処理はその性質上政治的配慮が必要であるとしてもその基礎は法律事務を行うにあることが明らかである(このことは原告本人尋問の結果によつても認められる)から他人の依頼により右補償請求事務を行うことは弁護士の職務範囲内の行為といわなければならない(代理人となるために弁護士資格が必要であるか否かとは関係がない)。そうすると原告がクラブから受領した収入は税法上事業所得に属することは明らかであり、原告の主張するように一時所得ということはできない。

次に原告は、連合国財産補償法第二一条によると連合国人が受ける補償金には租税を課することができないことになつているので、原告の右収入を課税対象とすることはできない旨主張するが、右規定は連合国人でない原告がその補償金取得のためにその事務を受任したことによつて支払を受ける報酬についてまで租税を課さないとするものでないことは、その規定自体から明らかである。

以上のとおりであるとすると原告の昭和三四年分所得税の所得の構成は別表一調査記載のとおりであり、総所得金額は二、九四九、三六五円となるから被告のなした本件更正決定には総所得金額の認定を誤つた違法はない。

(二)  本件更正決定について帳簿書類の調査がなかつたとの主張について

原告が青色申告者であることは当事者間に争いがなく、また被告において被告が本件更正決定をするについて原告の帳簿書類を調査しなかつたことを明らかに争わないので自白したものとみなされる。

青色申告制度は納税者が正確な帳簿にもとづき納税申告をすることを奨励するため、納税者が一定の帳簿書類を備え付け、所定の事項を記録し、それによつて申告を行う場合にはその者に税制上の特典を与える制度であるが、旧所得税法第四五条第一項の青色申告者については原則として帳簿書類を調査し、その調査により所得の計算に誤りがあると認められる場合に限り更正決定をすることができる旨の規定は、青色申告者の帳簿は通常計算の対象となる事項についての正確な記載があるものとして課税庁が更正決定をするについて手続的な保障を与えるものである。従つて青色申告者に対し帳簿書類によつて表現される事項に関して所得の計算に誤りがあるとして更正決定をする場合には必ず帳簿書類を調査することを要する。しかし、旧所得税法第四五条第一項但書の主旨によれば、帳簿書類に表現される事項には関係なく、申告書に記載された事項によつて所得金額および所得税額の計算について所得税法(旧)の規定に従つていないことが明らかである場合又は誤りがある場合に課税庁において更正決定をするには必ずしも帳簿書類を調査することを要しないものと解せられる。したがつて、申告書に記載された事項について申告者と課税庁の税法解釈の相違等に起因して所得の金額および所得税額の計算に誤りがあると認められるときは右の場合の例に該当すると思料せられる。本件においては原告は昭和三四年分所得税について別表二申告額簿記載のとおりの計算により申告したところ、被告は原告がクラブから受領した四、四〇〇、九六四円を事業所得に属する収入であると認定して更正決定をしたことは当事者間に争がないのであるから、帳簿書類によつて表現される計算の対象となる事項については原告の申告と被告のなした更正決定の間に認識の相違がなく、原告が一時所得として申告したクラブからの右収入を被告において所得税法上事業所得に該るものとして更正決定したことが明らかである。従つてこのような場合には必ずしも原告の帳簿書類を調査する必要がないものというべく、この点につき、被告のなした更正決定には原告の主張するような違法事由は存しない。

(三)  本件更正決定通知書に国税局の職員にもとづくことを附記していない旨の主張について

原告は、本件更正決定は大阪国税局職員が西宮税務署に出張し、その調査にもとづいてなしたものであるから、そのことを更正決定通知書に附記すべきであるのにそれをしていない旨主張するが弁論の全趣旨によると、右更正決定は国税局の職員による調査にもとづいてなされたものでないことが窺われる(昭和二四年大蔵省令第四九号参照)のでこの点に関する原告の主張は失当である。

(四)  本件更正決定は信義則に反するとの主張について

<証拠省略>によると、原告はクラブから前記収入を得た後神戸商工会議所に出張していた大阪国税局協議団神戸支部協議官竹中鎌一に対しクラブからの収入についての納税相談をしたところ、右協議団神戸支部長に意見を聞くよう助言されたので、原告は協議団神戸支部に行き支部長に対しクラブから得た収入について本訴において主張しているとおり原告の弁護士業務による収入でないことを説明して申告に関する意見を求めたこと、これに対し右協議団神戸支部長は原告に一時所得として申告してはどうかという意見を述べたので、原告は被告に対しクラブからの収入を一時所得として申告したところ、その直後西宮税務署直税課長から呼出があり右収入を一時所得として申告した理由の説明を求められたので、右課長にも前記同様の説明をし、右課長の求めに応じて右収入を一時所得として申告した理由を記載した上申書を提出したことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして被告は昭和三七年一月一三日付をもつて原告の右所得を一時所得ではなく事業所得であると認定して本件更正決定をしたことは当事者間に争がない。

ところで原告は本件更正決定は青色申告による納税義務者である原告の適正な申告を済ませたという信頼を税務官吏の恣意的解釈により裏切つた行為であり、信義則に反するから取消されるべきであると主張するが、右認定の事実関係からは被告において原告に対し原告のクラブからの収入が一時所得とみるのが正当であるということを表明したとは認められず、また原告の説明を聞いて大阪国税局協議団神戸支部長が一時所得として申告すればよいという意見を述べ原告がそれを信じたとしても、右認定事実からは原告はその納税相談において客観的な事実関係の全体について完全に説明したとは認め難いから、原告の右主張を採用することはできない。

四  以上の判断から明らかなように原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 光辻敦馬 長谷喜仁)

別表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例